多事奏論

姫路出身、長岡在住のフルート・篠笛奏者によるblog。フルート・篠笛教室もやってます。お気軽にお問い合わせください。ブログ内の画像はクリックすると拡大版が見られます♪

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フルートで使用する譜面について。

モーツァルト/フルートコンチェルト第1番(K.313)

音楽を専門に勉強していると、最初にぶち当たる壁があります。
「どの出版社の楽譜を使うか?」

趣味で楽しまれている方にはなかなか縁のない話ですが、版を選ぶ意味が分からないと適当に買ってしまい、後々ためにならないので、特に学生のために一例を書いてみます。画像は全て、クリックで拡大されますので、実際に見てみてください。

取り上げるのは、W.A.Mozart の Concerto No.1 K.313(285c) のフルート&ピアノ編曲版。
コンチェルト(協奏曲)なので、本来の楽譜は「フルート&オーケストラ」なのですが、大抵は現実的では無いので、フルート&ピアノの編曲版がメジャーです。

オーケストラ全てをピアノで受け持つわけですから、どの部分をカットしてどこを拾うのか、というだけで、かなり伴奏譜が違ってきます。これは当然ですね。

mozart-c1-score
右はBreitkopf 左がNovello

どちらが正しいというわけでは無いので、ピアニストの技量や好みで決めて良いと思います。
しかし当然、譜面上に間違いがあります。これを適宜修正しながら演奏しなければなりません。

では、どちらが正しいか、という視点からの話を、これからしてみましょう。

譜面において正しさとは「作曲者が書いたものにどれだけ近いか」に尽きます。
勿論、作曲者が書き間違うことも稀にはあると思いますが、「譜面が汚すぎて写譜が正確に出来なかった」ということもありますし、「写譜を間違う」ということもあります。
出版された楽譜をまた写譜して新たに出版する、という伝言ゲームのようなやり方の中で、間違ったものが普及していくこともあります。監修者が付け足したアーティキュレーションや解釈が、「正しいもの」として他の楽譜に反映されることもあります。

それを頭に入れて……
私の手持ちの楽譜の中から、3冊を用意し、第1楽章の60小節目を見てみます。

mozart-c1-no1 mozart-c1-no2

「♯」を書きこんであるところ。
これは「♯」が抜けていました。
「直前の伴奏に倣って、おそらく♯を付けなかったんだと思う。でもこれは明らかに転調した後だから、♯が必要」。
師匠が、「この音の前に少し空白があるでしょ。直前まで迷ったと思うんだよね」と仰っていました。確かに間隔が不自然!(笑)。


別の出版社のもの。
mozart-c1-b1 mozart-c1-b1

これはきちんと♯が付いています。
この楽譜は私が30年ほど前に買ったもので、いままた同じ出版社から新しいものが出ているようです。私が持っているこの楽譜は「旧モーツァルト全集」からの引用で、いま出ているものは「新モーツァルト全集」からの引用だろう、と前述の師匠の言。更に、新版にはファクシミリ(自筆譜)が付いているそうです。師匠、好きだからなぁファクシミリ付き。「見てると楽しい。吹きにくいけど」って、いつも仰います。

私が持っているこの曲の楽譜の中では、この版がいちばん信用できるので、これを使っています。
ただ、注意すべきは、オーケストラの中のフルートの音もソロフルートのパート譜に書いてあるので、これは吹かないようがいいかな、というところ。 ※「Tutti」と書いているところ


さらに別の出版社。
mozart-c1-in1 mozart-c1-in2

今回比較している60小節目の♯は、きちんと付いています。
逆に、その1段上、♯が多い。今回はここは比較するつもりが無いので、放っておきます。たまたま写りこんだだけ(笑)。



以上のように、3社比べるだけで違うのです。
ここにはありませんが、というか、私が好きでは無いので持っていませんが、ベーレンライターはこのようなミスが多い。
何故か正しいと思ってそれ使ってる人が多いんだけど、と時々耳にします。
私がベーレンを使わなくなったのはテレマンのファンタジーがきっかけでした、と言うと、「それ最悪^^」って言われます~(笑)。


間違った楽譜を使っていると、勉強した人からは「吹き間違い? 解釈がおかしい?」とマイナスの印象を持たれてしまいます。例えばコンクールで「ミス」と取られるのは避けたい。将来、プロとして演奏したときに、「あの人は解釈がおかしい。勉強してない」「生徒に間違いを教えている」と言われることに、耐えられますか?

勿論、プロだって完璧では無いのです。が、何もしないで間違いを振り撒くのと、そこまで勉強が及んでいなかったために間違ってしまうのとでは、全然違いますから。膨大な数の曲を演奏していく中では、音符の数は天文学的な数になってしまうので、勉強し尽くせる筈はないわけで……勉強できていないところは「間違ってるかもしれない」と謙虚に、いつまでも勉強し続けていくことが、音楽家の姿勢なのではないかと思うのです。
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