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多事奏論

姫路出身、長岡在住のフルート・篠笛奏者によるblog。フルート・篠笛教室もやってます。お気軽にお問い合わせください。ブログ内の画像はクリックすると拡大版が見られます♪

2013年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年07月

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無知の知

「無知の知」。
「自分自身が無知であることを知っている人間は、自分自身が無知であることを知らない人間より賢い」「真の知への探求は、まず自分が無知であることを知ることから始まる」というソクラテスの概念。

若い頃は、自分は何とかできるのではと思ってしまう。私もそうでした。だけど、やはり音楽もきちんと取り組めば学問のひとつであるので(数学と同じ括りになるそうだ)、理解が浅いと他人との差も分からないし、上達もしない。

故に、自分の実力が分からずに、無茶なところへ飛び込んでしまうことがある。
例えば昨年に私が山口幹文さんに二重奏をお願いしたこと。これは完璧に胸を借りさせて頂いたと認識している。しかし、私がもしそこで、ただ嬉しいという気持ちだけで取り組んでいたらどうだったか? と考えたりする。きっと自分の足りないところに気付かず、欠点を補う勉強にも至らなかったように思う。そして、次へ繋がることも無かった気がする。更に、そのときの至らなさをバネに頑張る、という気概も持てなかったはずだ。
そのときの私は、自分の足りないところ、気付かないところは自覚し、先生から吸収しようという気持ちでいたので、有益なチャレンジだったと言っても良いのではないだろうか? と少し自惚れてみたりする(笑)。


飛び込まないと得られないものもあるから、わきまえてばかりも考えものなのだが……一流シェフに、私の料理を食べてください、と素人が飛び込むようなもので、傍から見ているととてもハラハラさせられる。そう周りに気を遣わせないよう、そのあたりの匙加減は大事なのでは、と思う。相手が「失礼だ」と思うと先が無いのが、この音楽の世界だったりする。
何も進んで嫌われなくとも大丈夫。もし自分が、相手の眼鏡に叶うような、そんな見どころを少しでも持っていたら、先方から声を掛けてくれる筈だからだ。声の掛からないうちは、実力不足、経験不足、勉強不足と思って、ひたすら勉強を続けるべきだ。
(中には嫌がらせで声を掛けないような先達も居るようだけど、そこは放っておけば良いのです)


音楽に限らず、自分の体勢が整うと新しい話が来る、というのはよくあることだ。
少し無理な挑戦だったりして、「何故!?」と苦しむことも多々あるけど、それは神様が見てくれていて、「このレベルに届きそうだから、今度はこれにチャレンジしてみたら?」とチャンスをくれたのだと思う。
そこで失敗すれば後は無いが、成功すれば自分のスキルになる。最大限頑張っても無理なような挑戦はやってこない。頭と身体を適切に使いさえすれば、最終的に及第点くらいは貰えるだろう。
そんな連続で人は成長していくのでは、と思う。

安穏な人生を好む人も居るから、それが絶対幸せということは無いけど。一生チャレンジを続けるような仕事や趣味を持っている人にとっては、とても幸せなことではないかな。


ただ楽しく生きて、何も残さない人生って、私はぞっとする。
私の音楽なり言葉なり、何かによって誰かに少しの影響があり、またその人の言動によって次の世代の人が心動かされたら、どんなに良いかと思う。
そのために、生きている限りは何かを向上させたいし、たまには休むけど、努力も続けてみたい。年々何かを得て、何らかの部分で成長していき、それを娘であったり生徒であったり未来の人に見せたり伝えられるなら、私の存在した意義もあったというものだ。私のことは何も思い出してくれなくて良い。私のことを覚えていて欲しいのは、いま私の身近に居て私が好きだと思う人たちだけで。欲張りだけど、ずっと先、年老いた頃にでもふと思い出してくれたらいいなぁ、と密かに思っています(笑)。

| 徒然 | 09:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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篠笛おさらい会 開催

6月23日(日)、新潟市の燕喜館(えんきかん)にて、篠笛教室のおさらい会を行いました。
これは毎年、新潟市のセンター内で行っていたものを、今年はじめて学外で行ってみたものです。通して数えると第四回目になります。

燕喜館は、新潟市のとある豪商の別邸のうち迎賓部分を、白山に移築したものだそうです。由緒有る造りにモダンな調度品が、なかなか素敵な雰囲気の建物でした。
この写真は中庭です。

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さて、おさらい会。
ひと前での演奏は緊張するものですが……皆さんそれぞれに、緊張しながらも普段の力を発揮しておられたように思います。今回は遠慮されて短めの曲を選んだ方も多かったのですが、次回はぜひ、さらにチャレンジして欲しいなと期待しています。
学外での発表会というわけで、長岡の生徒さん有志も参加してくださいました。「蝸牛の会」という篠笛サークルを作ってらっしゃるのですが、その中の6人のメンバーが、ソロのほか合奏を披露。息の合った演奏でした。

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皆さんの演奏のあとは、ゲストの岸田晃司くんの演奏を楽しみました。
20分で! とお願いしていたのに、時間がものすごく余ってしまって(笑)。トークを引きのばせ、とか無茶振りをしました。

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さすが、パワフルな音! 会場の一同、圧倒されたり聴き惚れたり。
ほんわかしたトークも楽しくて、素晴らしいひとときを過ごせました。

ラストに、晃司くんが「燕喜館」に合わせて作曲してくれた新曲「燕」を、二重奏で。
晃司君がupしてくれた動画はこちらから。

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実は二重奏に入る前にウダウダとトークをしていまして……これが長い! いや、面白かったです(自画自賛?)。時間が取れたら内緒でupしてみようかと思います。
ちなみに、トークの内容は主に、使用している笛についてでした。前日の合わせの時に、篠笛×篠笛が良かろうと、組み合わせを変えてやってみたのですが……結局いちばんしっくり来たのが、蘭情さんの「ど」の篠笛と真笛の組み合わせ。予想外でした。
お互いまだ手にして日が浅い笛でしたので、もっと吹き込まなければ、とも思いました。まさかこんなに早く出番が来るとは~(^^;
ま、そのような裏話でした(笑)。

そして、「ラスト」と言いながら、続けて「ほたるこい」の演奏をしました。
前日に急遽決めて、おさらい会のプログラム1番で演奏したものをもう一度。何故かは訊かないでください(笑)。

演奏会のあとは、懇親会。
観覧に来てくださった方、今日の会に出られなかった生徒さんから、お菓子の差し入れもあり、美味しく楽しいひとときを過ごしました。
隣の画像は、記念に撮ってみたものの白い服が反射してよくわからなくなったものです。タイトル、「親分・子分(狩野嘉宏師匠命名!?)」。

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これはいつも言うことですが……
笑い、怒り等の感情は、子どもの頃と大人になった今と比べれば、ニュアンスだったり感じ方が違ったりします。
でも、緊張だけは、年齢関係なく皆に同じように訪れ、同じようにドキドキしたり震えたりさせるのです。
しかも、大勢の前で学習してきたことを発表するという緊張……学生時代以来の体験では無いでしょうか。緊張しながら発表している間は、子どもの頃に感じたのと同じドキドキを体験している。凄いことだと思いませんか。

笛を通じて得られるものは、楽しみだけでなく、出会いや仲間だったり、子どもの頃にも感じた思いだったり……
この日の演奏は、そんなそれぞれの思いが詰まった演奏でしたので、一曲一曲に個性があり、心をうつものであったと思います。



以上、淡々とご報告でした。写真はクリックで拡大版がご覧になれます。
晃司くんがブログで褒めすぎるほど褒めてくれているので、詳しくはそちらをご覧ください(笑)。
最後になりましたが、出演された皆様、お疲れ様でした!
晃司くん、遠方からどうもありがとう! これに懲りず、また長岡に来てください。次はぜひ2泊コースで(笑)。

| ♪楽器・演奏・教室 | 00:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ストリート・ライヴ(笑)

6月23日(日)の、新潟市での篠笛おさらい会、その前日。
ゲスト奏者としてお招きした岸田晃司くんが、長岡に来てくれました。

昨年3月に、狩野嘉宏先生の門下生発表会でお会いして以来。その日は演奏前ということもあり、お土産交換(笑)以外ほとんど話せなかったので、ちゃんと話をするのは今回が初めてと言ってもいいくらい。
でも、晃司くんの温厚なお人柄と、私の適当さで、何故か馴染んでしまいました(笑)。

というわけで、アオーレで練習したあと、ノリで長岡駅前でストリート演奏を。交番が近いので、「おまわりさんが来たら逃げる」とか言いながら。
画像、暗いですが。

20130622-2 20130622

人通りが少ないのが長岡クオリティですが(笑)、通る方は皆さん気にしてくださったし、階段に座ってしばし聴いてくださった方々も。笛って珍しいですもんね。しかもプロの演奏。聴けたお客さんはラッキーでした(自分で言うな)。
「お二人のファンになりました!」と言ってくださった方もいらっしゃいましたが、「あ、こっち、神奈川から来てるんで(笑)」というわけで、ユニットでもないし、もう演奏しません~すみません~(^^;

また演奏会を企画して、晃司くんを長岡に呼びたいと思います。
そのときは、またぜひ長岡駅でストリートを(笑)。

そういえば、この模様をtwitterやfacebookでお知らせしたところ、弟子たちが「ああっ行きたかった!」と悶えておりました。急に決まったので告知とかありませんで失礼しました、いや、まさか吹こうなんて微塵も思ってなかったから(笑)。

このあと小嶋屋本店で「へぎそば」を食べました。駅の中の小嶋屋がオーダーストップの時間で。近かったのに残念でした。
まぁちょっと、真面目な話もしながら。
勉強になりました!


発表会前夜の裏話でした。

| 徒然 | 23:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「篠笛おさらい会」@新潟市

第四回 「篠笛おさらい会」のお知らせ。

日時; 6月23(日) 10:00~12:00
会場; 燕喜館(新潟市)

新潟教室、年に1度の合同おさらい会。今年は長岡教室有志も参加。
高垣千枝、ゲストの岸田晃司さんの演奏も有ります。

入場無料。

プログラム順、
 高垣千枝(貝殻節、他)
 生徒さん
 岸田晃司くん(高垣との二重奏含む)
という流れです。

午後からは、お弁当を頂きながらの出演者・関係者懇親会を行います。笛繋がり、出演者繋がりで参加したい方は、ブログ上部の「お問い合わせフォーム」より、料金等お問い合わせください。今週木曜日昼12時を締め切りとします。

| 徒然 | 23:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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越後長岡神田囃子

In a Sukunahikona-Jinjya shrine.
The exercise of the musical accompaniment began this year.
Young people was taught new music by elder.

今年もお囃子の練習が始まりました。長岡市、少彦名(すくなひこな)神社にて。
中学生が年長者から、新しい曲を教わっています。一応全曲マスターした我が家の長女が、(順調に行けば)大学進学で、卒業。今年は次世代に引き継がなければいけません。


20130614

越後長岡神田囃子ホームページ

| 徒然 | 00:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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息と音

魂や心のことを、古代ギリシャの言葉で「プシュケー(Ψυχή,Psyche)」と言う。
もともとは息(呼吸)の意であり、転じて、生きること(命)、魂、心をも意味するようになったらしい。

息(呼吸)は、生命が生きている証として最も顕著なものだと思う。

また、生命を維持するためには口から飲食物を摂らなければならない。そのため、口を不浄なもの、その口から出る息を不浄なものとして、神様仏様に息を吹きかけてはいけないとされている。仏壇のろうそくを手でつまんだり扇いだりして消すのはそのためでもある。仏像の掃除をするときに、口を手ぬぐいで覆い隠したりもする。鼻で吹くための笛すらある。

そう考えると、口から吹き込んで旋律を奏でる吹奏楽器は、人間の魂を乗せたものであり、それを余すところなく表現できる技術を伴った演奏は人の心を打つのも道理だと納得させられる。
更に、物理的なリードを使わない「エアリード」による笛(※)の演奏は、演奏者の魂を何にも加工させられず直接乗せることのできる楽器では無いかという気もする。
 ※フルート、篠笛、尺八など、孔を吹いて鳴らす笛


自分の鳴らす笛の音が、すなわち自分であるということ。
そうであれば、その音色はどのようなものなのか。考えずに居られない。
声も然り。同じ笛を吹いても演奏者によって音色が違うように、もともとの声質は体型により決まっていても、身体の使い方、息の出し方等々で声色も変わる。自分はどんな調子で話しているのだろうか?


私は、楽器の演奏とは、究極的には音色だと思っている。
ただひとつの音を出しているだけで、うっとりさせられるような、なおかつ、その人ならではの音色。
他人と区別できない音色では、自分の個性もないということだ。その楽器の本来の音色から大きく外れるなら、いっそそのような音を出す楽器に持ち変えたほうが良いが(笑)、大事なのは、その楽器を使って自分がどんな音色を出すか、である。

| 徒然 | 11:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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火曜日のおしごと。

中学校の授業と、吹奏楽部フルートパートの講習会と、2本立てでした。


授業で面白かったのは、「魔王」をピアノ伴奏で歌ったこと。
なぜ歌いたがるんだ……中学生って「魔王」好きですよね! 授業風景を撮影に来られた先生にもお話を振ってみたら、やはりよく覚えておいででした。
歌のインパクトに引き摺られて、どうしてもピアノが忘れられてしまうから。私が弾いて聴かせて、生の迫力を味わってもらったあと、ピアノに集合。順番に鍵盤連打!
「手が痛いー!」
「ゲームの連打ならできるんだけど」
と言いながら、右手連打の大変さを実感。
「手を傷めたら勉強できないから、そのへんでストップ^^」
とストップかけるまで夢中で連打する子もあり。その後、改めてDVD演奏を見せると、「すげえ!」と。
それも含めて、プリントにまとめ。それぞれのストーリー、感想、イラストの書かれた良いものがたくさん出ました。

そうそう、「来年の1年生が『魔王』やるときに、『ゲストの2年生で~す!』って集まってきて歌う?」という話に。なんでやねんw


2年生はラスト8分間でハンドベル。「時間が無い、準備急げ! 集中!」って急かせたら上手だった(笑)。いや、時間が無いのは私のせいです。計画せぇよ、私……orz 
つい、中田先生の話で熱くなってしまって。たまにはこういうこともあります。いや、いつも……?

3年生はリコーダーが巧くなってきた……ていうか、笛の指導のプロが教えたらそうなります(笑)。
単に音を吹くと難しいから、文節のように区切って吹かせて、最後に繋げると……あーら不思議! 笛が苦手な子でも、ヴィヴァルディの「春」がいきなり吹けちゃう♪ 人間工学と心理学の応用というやつです。
楽しさを知ってもらって、リコーダーを好きになってもらいたい。そして、音楽を奏でる楽しさを知ってもらいたい。

3年生の授業で私が常に念頭に置いていることは、
「この1年間をラストに、音楽授業を生涯受けることの無い子が出てくる」
ということ。高校の芸術科目で音楽をとらなければ、音楽の授業は中3で最後になります。音楽の授業→つまんなかった、という感想になって欲しくない。今までがそうなら、覆したい。
うまい・下手では無い。固定観念に縛られない。自由に楽しめる。面白くない=知らないだけ、知ると面白い。「大人になっても役に立つ音楽観」を身に付けて欲しいと思っています。
野望が果てしなさ過ぎる(笑)。



講習会のほうは思いがけず、という感じ。日時を教えておいて、その間ならいつでも来い! と伝えてあったので当然(笑)。美人パートリーダー以下6名さまのお越し。
部活帰りに寄ってくれてるし、勉強させないといけないし、塾行く子も居るだろうし……「1時間集中でやろう」と。今回は響きのための特別レッスンでした。

ひとり吹かせて、私が音真似して「こうでしょ?」というと、みんなが頷く。「これは息の方向がこうだから、こういう音なん」「唇のここがこう来てるから、こうなってる」などひとつずつ指摘し、変えさせて、吹きなおさせる……と、どんどん違う音に変わっていく。本人もみんなも頷く。そしてその都度、自分のこととも捉えて、唇や指、身体を調整していく子たち。
楽器の練習にはインテリジェンスも必要だと再確認しました。1時間しかみてないけど、みんなぐんぐん音が変わっていって、私の講習をはじめて受ける1年生は、全く別人のようになった子も有り。

「この中ではピッコロに向いてるのは~あなたかな? お、当たり?」
「この二人はいまのところセカンド向き……え? ホントにセカンドなんや(笑)。歌もアルトでしょ?」
そんな超能力トーク? も挟みながら。
終わってからは質問タイム。個人的にどういう練習をするか、どこを直すか、等々。自分の欠点を客観的に見詰め、気付き、改善しようとしている子ばかりで素晴らしかった。

それにしても、面白い。だから指導はやめられない。集中力、吸収力、ヤル気と根性のある生徒のレッスンは本当に面白い。こちらの身体はしんどいけど、気力が充実するので、疲れを感じません。


とか何とか豪語しましたけどw
家に帰り着いたら、フラフラになるんですよ。学生に負けない体力作り、しないといけないなぁと思います(^^;

| 徒然 | 08:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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理想の携帯

突然ですが、携帯(スマホ)を新しくしました。
本当に突然です。買い物のついでにショップにフラフラと寄って、気付いたら買い換えてました。
不具合はいろいろありましたが、いちばん気になってるバッテリーだけでもどうにかしようと思っていただけだったのに。
まぁ、何かを変えるときって、得てしてこういうものかもしれませんね。


前回の機種変更から約2年半。SIMカードを差し替えられない仕様になっていました。
前はガラケーとスマホと、ときどきカードを差し替えて両方使っていたのです。ガラケーでしかアクセスできない、いわゆる「携帯サイト」がありましたから。ゲームしてただけですけど。
それもめんどくさくなって、ここ1年はスマホしか使ってませんでした。そのときのゲーム仲間に挨拶もなしに消えた状態(笑)。その後、このもとの携帯は、カメラ重視の機種だったので、カメラとして使っていました。

今回、差し替えられなくなったことで、未練も特になく。気持ちよく乗り換え……たつもりが。
アドレスしか移植できない!!
しかも、グループ分けが適用されずに一気に流し込まれてしまいました。
ズボラな性質で……アドレス登録の際、呼び名しか入れてなかったのです。名前、苗字、ニックネーム(ハンドルネーム)、だいたいどれか。家族すらニックネーム。詳しく書かれてるほうで、

名[ フルート ]
名[ 高垣   ]

です。楽器で判別! 生徒さんは教室名・学校名で判別。職業柄、まわりが先生ばっかりなので、

名[ 高垣 ]
名[ 先生 ]

とか。先生が専務になったり常務になったりもしてます。
しかしまぁ、やっちまったなぁ! です。なんと、O川さんが4名、S藤さんが5名、T橋さんが6名並んでしまいました……関西に居た頃は高橋さん1名しか知り合いが居なかったから、うおぉ、関東だ、と思った。いや、それはいま関係ない。
敬称も楽器名もほとんど付いてないですからビビりました。

名[ 高垣 ]
名[ さん ]

とか、どやの!? もうアドレスで判別するしか無い! と思ったものの、電話だけの人とか居るし~誰だよまじで~…もう分からない人は「あ、いまPTA一緒じゃないな」と思って、整理しちゃいました(^^;
このあほな登録で唯一のメリットは……このアドレス帳が流出しても、あまり役に立たないということです。性別すら分からない。「ぶり」とか書いてあるアドレスにメール出す勇気のある人も居ないだろうし(笑)。

まだ未整理たっぷり。追々どうにかしよう。
早急にどうにかしたいのは、データです。PC2台、タブレット1台にスマホを所有しているため、どこでも仕事が出来るようにクラウドに上げて共有していました。ところが、愛用していたEvernoteが、パス流出だか何だかで問題を起こしたようで。それ以来、使うのが嫌になりました。データ移籍に使う分には大丈夫そうだけど。

SDカードに移して、とも考えたのですが、拡張子が違っていたためサポート外でした。ということは、一旦PCに移して、ソフトで変換して……という手順になります。めんどくさい!


そんないろんなことがありながら。
気付いたことがあります。
旧スマホ……WI-FIの繋げる環境ならば、ネットとか見られるんです! ということは、PCメールも遣り取り出来ます!
通話と携帯メールだけができません。ただそれだけ。
ところが私、携帯メールはバックアップのために、PCへ転送もさせているのです。ということは、PCメールのアプリを開けば携帯メールもチェックできます。WI-FIも、ルータ持ち歩きだから問題なし。通話以外、全部できるということです!

電話だけができない携帯電話。
電話の苦手な私にとって、こんなに最高なものは無いんじゃないかと思いました! 

かくして、せっかく新しいスマホが薄くなったのに、旧スマホとの2台持ち。そして相変わらず携帯と同サイズのルータ持ち。荷物減らんわ~。
ルータはとりあえず、来月中に解約する予定です。今度のスマホ、デザリング機能が付いてるので。契約すれば、ルータにもなるのです! ノートPCとか繋げる♪


天気が良いのに、せっかくの3連休だったのに、そんなこんなで超インドアで過ごしました。楽しいからいいか。
でもまだいろいろよくわからなくて、さっきも携帯がもけもけ鳴ったんだけど、何の通知か結局分からなかった!
着信音もまだデフォルトのままだし、まぁゆっくり遊ぼうと思います。

| 徒然 | 10:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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糸魚川

久々に火曜日がOFFになったので、恒例の、笛を持ってぶらり旅(笑)。
今日は蘭情さんの真笛と、朗童さんの篠笛七本調子(古典調)をお供に、上越方面へ向かいました。

あ、新潟県は縦(ナナメ?)に長いので、北のほうから、下越、中越、上越、と呼びならわしています。京都に近いほうが「上」越になるわけです。

今日は長女だけでなく、次女もお弁当の日でした。残りで私のお弁当も作ったので、これでサクっと出掛けようと思いましたが、掃除がなかなか思うようにいかなくて、けっこうぐずぐずしていました。
でも何とか昼までには出ました。

気持ちよく走り、気付けば糸魚川。
ちょっと気になっていた「フォッサマグナ・ミュージアム」にGOです。

20130604

私の好きな、鉱物がたくさん置いてあります(笑)。古い高感度の地震計まであって、ヨダレが垂れそうでした。
ひとつ勉強になったのが、フォッサマグナは線では無い、ということ。糸魚川静岡構造線と、一緒のつもりで居ました。
そうでなくて、フォッサマグナは広い地溝帯であることを知りました。
ラテン語のFossaは「大きい」、Magnaは「溝」なんだって。よって、糸静線はフォッサマグナの西の端のラインとのこと。


思ったより時間を取って、復路。
お日さまも弱まってきたところで、海辺で笛を吹こうとしたのですが……風が強すぎて、ちょっとだけで断念!
これは先月の、第2ステージか!? ちょっとやそっとの風でも私は吹きますが、ステージじゃないから頑張るつもりもない!
ってことで、アリバイ写真だけ撮影して退散。

20130604-2

…アリバイ写真、って言っちゃってる時点でウソ臭い…いや、ホントに吹いてはみましたよ(笑)。

| 徒然 | 19:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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オレオレ・・・

オレオレ詐欺。新名称、母さん助けて詐欺。
知り合いのお母さんのところに掛かってきたとか、そういう話はちょこちょこ聞いていたのだけど、まさか身近で起こるとは思いませんでした。生徒さんがお二人、「うちに掛かってきたのよ!」と仰ってた。

こういう話は広めて、みんなで事例を知っておいて警戒するのが良いらしい。
今朝聞いた話では、長岡高校の名簿が出回ったらしく、その卒業生へ電話が掛かっているとのこと。概ね高齢者を狙うものだから、名簿と言っても現役より20年ほどは上の年代のものだろうけど。
しかしオレオレさんも、話が広まる前に仕事しなくちゃ、引っかかる人が減ってしまうから。急いだのだろうね、「ちょうど警戒してって言おうと思ってた」と関係者が言う2~3日前に、電話が来たとのこと。

今回のは、ゴホゴホと咳をしながら、「○○だけど」と名乗ったらしい。
生徒さんは、夜の電話というと勧誘が多いし、そんな気分で電話を取ったものだから、そのまま不機嫌に「なに!?」と言ったとのこと。即、切れたらしい(笑)。
本当に息子さんなら、母親の不機嫌な「なに!?」でも怖くありませんもんね。
それで「ああ、詐欺の電話だ」と思ったそうです。


何かおかしいな、と思っても、母親というのは心配してしまうもの。もしかして? という考えが、やはり拭えないそうです。
今日そんな話をしていて、生徒さんが仰るには。
事前にしっかり息子と話をしておくこと、だそうです。
今の息子の年代はインターネットでも何でも使うのだから、事故であれこれなっても、田舎の親に相談することなんて無い、と。また、その息子さんが仰るには、お金にしても自分たちでどうにかするから、それも家に相談することなんて無い、と。だから「オレ」と言って掛かってくる電話は、自分たちじゃないのだ、と。

道理ですよね……。
コミュニケーション不足だとか、距離的に離れていてなかなか顔を合わせられてないとか、そういうところが狙われてしまうのですから。

いろんな方にお伺いしたところ、その家流の見分け方があるとのことでした。例えば、事故を起こしたと泣きながら電話が掛かってきたら、「おまえ、泣いてないで落ち着きなさい。うちで飼ってる犬の名前を言ってみな」とか。
その場ではすっと言葉が出てこないかもしれないけど、シミュレーションしておくのは良いことだと思いました。


さて、我が家。
ヤバそうな私のおばあちゃんは、施設に居るし。母は忙しくて滅多に家に居ない上、口数多いから犯人が困るだろうし(笑)。
夫の両親に至っては全く心配ない。ご本人たちもさることながら、こちらはそんなことでは甘えないのが分かってるだろうから。

私?
私は余裕ですよ。うちの娘たち、それこそ特殊なんで。風邪で声が枯れてようが、泣きながら電話して来ようが、本人かそうでないかは絶対に分かる特徴がありまくりです。もしかしたら、第一声で「ぁぁあ?!」とか言うんじゃないかな、私(笑)。

皆様もお気をつけください。


| 徒然 | 13:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「努力」

うまくいかないことがあると言う。
やめる、という。
やることやったのか? と訊くと、やった、と言う。
ではこれはやったのか? と問うと、それはやってない、と言う。
これはやったのか? と問えば、それもやってない、と言う。
でも頑張った、と言う。

小さいうちなら、頑張ったことは大事なので、それで認められるだろう。
ところが大きくなるにつれて認められなくなってくる。努力しなくてもうまく行ったほうが勝ち、ということが増えてくる。
 ・ 努力したけどダメだった。
 ・ 努力してないけど出来た。
時と場合に拠るけど、明確な答えや善悪、優劣は、両者の比較において絶対に出ないと思う。


ただ、「ダメ」にもいろいろあるということは知っていたい。
「ダメだったことから教訓を得られた」ということもあるし、「ダメだったお陰で違う道を知ることが出来た」とうこともある。
また、結果オーライでも最終的にダメになることもある。
「うまく行ったからその後努力しなくなった」、そんな人も居る。
結局は自分次第ということか。


さて、この「努力」という言葉ほど、単語として今ひとつなものはないと私は思っている。
相対的すぎ、曖昧で、いい加減。
誰かにとっては100の努力でも、他の人にとってそんなものは30の努力、ということもある。
自分にとって100やれば、それは良い経験になるかもしれないが、全く努力の方向を間違っていて結果が出ない場合もある。

努力できないタイプの人も居る。

更に、人から「あの人は努力している」と言われるのに、本人は「努力」なんてゆめゆめ思っていないパターンも。
この「ゆめゆめ」という字を漢字にすると「努々」になるから面白い偶然ではあるが(笑)。そこは置いといて。

稀なケースとしては、苦しくても苦しくてもやり続ける、質の良い努力を探し続けて、平行して力を入れ続けるパターンもあり。
そういう努力の出来る人は、「努力というのは自分のヤル気が有るか無いか、意識がどれだけ高いか」だと言う。頑張って、でも出来なかった場合、努力=ヤル気が足りなかったせいだ、と言う。こうなるともう、「努力する」にも向き不向きがある、ということになってしまう。普通の人にはそこまで出来ないことが多いからだ。
「質の高すぎる努力」の場合は、「才能」のひとつと言っても良いかもしれない。


努力というのは、頑張れば出来るものなのか?
どう努力すれば良いのか、分からないこともあるかもしれない。
そういうときは、とにかく年長者など他人から言われたことを試していくしかないのではないかと思う。やっているうちに、何かが見えてくるかもしれないから。これもひとつの「努力」と言えるだろう。


そこで巨匠のお言葉。

「努力した者が成功するとは限らない。しかし、成功する者は皆努力している。」

  ―― L.V.ベートーヴェン

「努力なくして成功は有り得ない」という力強い言葉だ。成功するとは限らないから無駄なのではなく、努力することで成功に近付くということだと思う。

似たようなのをもうひとつ。

「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる!!」

  ―― 鴨川ジム 鴨川会長

誰だよ(笑)。
いや、まんが「はじめの一歩」の、鴨川会長さんですよ( ̄- ̄)
この努力を諦めそうになったら、これで決まり。

「あきらめたら そこで試合終了ですよ…?」

  ―― 湘北バスケ部 安西監督

だから誰だよって(笑)。
いやいや、まんが「スラムダンク」の安西監督ですよ( ̄- ̄)



努力というか、しばらくは物事に集中して打ち込んでみるっていうのも、悪いことではないんじゃない? というお話でした。
各種大会、受験に向かうシーズン。努力の度合いで勝敗が決まるわけではないけど、努力というかどうかはさておき、気持ちをそちらへ向けずして勝てるものは何一つ無い。
学生諸君はへこたれてる暇があったら一歩でも前へ。君たちの場合、そこから得られるものは必ずあるパターンですからね。

| 徒然 | 19:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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